東晋四方軍:東2

とりあえず初期の在任者を見てみます。まず建国前に司馬紹(明帝)が東中郎将として広陵にいました。また(多分)対王敦の人事の一環で陳眕が鎮東将軍となり、恐らく江北にいますね。一応、王敦の人事でも王含が征東大将軍・都督揚州江西諸軍事となっています。3件とも江北のようです。『晋書』巻五十八、周処伝、周札(前略)進號征虜將軍、監揚州江北軍事、東中郎將,鎮涂中,未之職,轉右將軍、都督石頭水陸軍事。(後略)こち...
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東晋四方軍:東

さて東将軍や東中郎将を考察から除外しましたが、これは東晋では数が少なく、傾向がよくわかりません。東晋を建国した元帝が東将軍を歴任しており、特殊な扱いなのかもしれませんね。一方で宋では明らかな法則性があります。「東将軍」は都督クラスの会稽太守に与えられています。この人事は東晋後期(「孫恩の乱」以降)から見られ、南朝の「東揚州」設置につながったと思われます。...
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東晋の軍団

「東晋四方軍」3記事を書いた後の印象では、首都「建康」への近さや影響の大きさの順で、北>西>南(の将軍号)となるような配置となっている気がします。より正確に言えば、(東)北の軍団が「北将軍」、それ以西の要所の軍団が「西将軍」、それと同範囲でやや下位の軍団が「南将軍」、という区分けでしょうか。しかし、そもそもの問題は将軍号の基準よりも、どのような軍団が居たかですよね。そこでおおよその流れを追ってみま...
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東晋四方軍:南

東晋歴代の征南将軍・鎮南将軍・安南将軍・平南将軍・南中郎将の駐屯地について。担当する州は江州と広州が多く、他に梁州・荊州があります。後は湘州も該当するようです。駐屯地は江州・広州、江陵(荊州)、そして襄陽や江夏などの沔北・沔中の要所です。ちなみに梁州の担当となった時期は襄陽に梁州が設置された時だけです。また一時措置の形で対南方(実質は長江上流)の首都防衛として就任した者がいます。それと後期の江州は...
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晋江左

宋書や通典などで西晋時代を「晋江右」、東晋時代を「晋江左」と表す事があります。これは江東(の建康)に遷都した東晋を「江左」と表現したため、長江より西の洛陽が首都だった西晋を「江右」と表すようになったのでしょう。後世でも西晋・東晋はほぼ同一王朝と見られていますが、制度の変遷を説明する時には両者を分ける必要があり、その際に「晋江左」などが使われていますね。ちなみに同じような状況では、「漢西京」で前漢(...
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地名の左右

時折、土地の呼び方に「右」や「左」の文字が入る事があります。例えば、よく使われるものでは「隴右」や「江左」があります。この時の左右は、南を向いた時の左右、つまり「左が東」で「右が西」です。地図の左右(西と東)とは逆ですね。これは南面する天子を基準にしたからであり、日本でも使われる表現です(西側の右京や東側の左京など)。従って「隴右」は隴(山)の西側、いわゆる隴西を指します。しかし隴西の呼称は隴西郡...

東晋四方軍:西

次は東晋歴代の征西将軍・鎮西将軍・安西将軍・平西将軍・西中郎将の駐屯地です。まず担当する州では豫州・江州・荊州が多く、次いで益州です。他には司州もありますね。豫州では江西の諸軍を率いる事が多く、荊州では広州や益州などの遠方の州(計四州以上)を統括するため最大の都督区域となる事が多いです。駐屯地は基本的に荊州では江陵、江州では武昌です。豫州では蕪湖・歴陽・寿陽などの複数パターンがあります。ちなみに宋...
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東晋四方軍:北

一般的な北府や西府は、それぞれ征北将軍や征西将軍などの駐屯先を指しているイメージのようです。(多分。)東晋歴代の征北将軍・鎮北将軍・安北将軍・平北将軍・北中郎将の駐屯地を調べてみますと、淮陰・広陵・京口が多く、前線が北上した時の下邳・彭城、やや珍しい襄陽などがあります。また、都督や刺史として徐州・兗州・青州を管轄する事が多く、特に「徐兗二州」の表現は頻出します。他の州では豫州・雍州・司州があります...
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北府と西府2

次に「西府」です。『晋書』巻三十七、宗室、譙剛王遜伝、忠王尚之後符下西府,令出勇力二千人。尚之不與,曰:「西藩濱接荒餘,寇虜無常,兵止數千,不足戍衞,無復可分徹者。」元顯尤怒。會欲伐桓玄,故無他。司馬尚之は建威将軍・豫州刺史です。『晋書』巻七十六、王舒伝、王允之舒為荊州,允之隨在西府。王舒は鷹揚将軍・荊州刺史・領護南蛮校尉・監荊州沔南諸軍事でした。『晋書』巻八十四、庾楷伝初拜侍中,代兄準為西中郎將...
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北府と西府

さて、東晋を語る上で「北府」と「西府」の存在は欠かせないようです。一般的には、首都「建康」付近の軍団が「北府」、荊州一帯の軍団が「西府」、と呼ばれるそうです。そこでまず史書で「北府」という表現をいくつか見てみます。『晋書』巻二十六、食貨志升平初,荀羨為北府都督,鎮下邳,起田于東陽之石鼈,公私利之。荀羨は北中郎将・徐州刺史です。『晋書』巻七十三、庾亮伝希初免時,多盜北府軍資,溫諷有司劾之,復以罪免,...
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