平成最後の魏晋南北

きっと流行っているであろう「平成最後」を使いたかっただけのコーナー。内容は実益性ゼロの魏晋南北朝諸国の解説&感想。後漢:長く続いた大帝国でしたが、内乱からそのまま崩壊・群雄割拠となってしまいました。宦官&外戚の悪印象があり、これが魏晋南北朝の漢人国家のトラウマに。この宦官と外戚に絡む言葉に「清流派」がありますが、当ブログでは清流派という表現は余り使わず、「党人」と書いています。25年建国、190年...

魏晋南北30年、南北朝編

南北朝時代の30年はどうでしょうか。また、このシリーズは恣意的に約30年の範囲・内容を切り取っており、各自で試してみたほうが面白さや気付きがあるでしょう。宋は建国から約30年で3代目文帝による「元嘉の治」の繁栄がありましたが、北伐の失敗により北魏の南征を受け、首都の対岸まで接近される事態となりました。420年~450年。南斉は初代蕭道成が宋の中央重臣となってから約30年で建国と7人の皇帝を経て蕭衍...
タグ: 南斉 北魏 東魏 西魏 北斉 北周

魏晋南北30年、十六国編

興亡の激しい五胡十六国時代の30年は濃密です。残念ながら記録が残っておらず、部分的にしか分からないものも多いのですが。前趙は劉淵が西晋の将軍として部族を率いた頃から約30年で建国と西晋撃破を成し遂げた末、自立した後趙により滅ぼされました。299年~329年。後趙は石勒が趙王に即位してから約30年で華北の覇者となり、滅亡の引き金となる君主石虎の死を迎えました。319年~349年。成漢は李雄の成都王即...
タグ:前趙 後趙 前涼 前燕 後燕 後秦 北涼 西秦 北燕 夏国

魏晋南北30年、魏晋編

平成も30年が経ち、いよいよ終りを迎えますね。30年。10歳が40歳になる期間と思えば、けっこうな長さです。激動の魏晋南北朝時代の30年はどうでしょうか。何が変わり、何が変わらないか。まずは三国時代と晋王朝。黄巾の乱から約30年で後漢の崩壊が進み、曹操が華北を制し、孫権が江東に割拠し、劉備が巴蜀を得ました。184年~214年。曹操は反董卓の挙兵から約30年で後漢の丞相・魏王に登り、魏の礎を築いて6...
タグ: 蜀漢 西晋 東晋 西晋前史

苻堅の異相4

『晋書』巻一百十三、苻堅載記上健之入關也,夢天神遣使者朱衣赤冠,命拜堅為龍驤將軍,健翌日為壇於曲沃以授之。健泣謂堅曰:「汝祖昔受此號,今汝復為神明所命,可不勉之!」堅揮劍捶馬,志氣感厲,士卒莫不憚服焉。性至孝,博學多才藝,有經濟大志,要結英豪,以圖緯世之宜。王猛、呂婆樓、強汪、梁平老等並有王佐之才,為其羽翼。太原薛讚、略陽權翼見而驚曰:「非常人也!」苻堅は前秦が成立した後、薛讚や權翼に「非常人」で...
タグ:前秦

苻堅の異相3

『晋書』巻一百十三、苻堅載記上臂垂過膝,目有紫光。洪奇而愛之,名曰堅頭。年七歲,聰敏好施,舉止不踰規矩。每侍洪側,輒量洪舉措,取與不失機候。洪每曰:「此兒姿貌瓌偉,質性過人,非常相也。」高平徐統有知人之鑒,遇堅於路,異之,執其手曰:「苻郎,此官之御街,小兒敢戲於此,不畏司隸縛邪?」堅曰:「司隸縛罪人,不縛小兒戲也。」統謂左右曰:「此兒有霸王之相。」左右怪之,統曰:「非爾所及也。」後又遇之,統下車屏...
タグ:後趙 前秦

苻堅の異相2

『晋書』巻一百十三、苻堅載記上臂垂過膝,目有紫光。洪奇而愛之,名曰堅頭。年七歲,聰敏好施,舉止不踰規矩。每侍洪側,輒量洪舉措,取與不失機候。洪每曰:「此兒姿貌瓌偉,質性過人,非常相也。」苻堅は幼い頃に祖父の苻洪(当時は蒲洪)に愛され、「堅頭」と呼ばれ、7歳頃に「姿貌瓌偉」で「非常相」と評されていました。この載記では「堅頭」と呼ばれた由来は特に書いていません。『太平御覧』巻一百二十二、偏霸部六、前秦...
タグ:前秦

苻堅の背の赤文

『晋書』巻一百十三、苻堅載記上苻堅字永固,一名文玉,雄之子也。祖洪,從石季龍徙鄴,家於永貴里。其母苟氏嘗游漳水,祈子於西門豹祠,其夜夢與神交,因而有孕,十二月而生堅焉。有神光自天燭其庭。背有赤文,隱起成字,曰「草付臣又土王咸陽」。臂垂過膝,目有紫光。洪奇而愛之,名曰堅頭。また、苻堅は背中に「赤文」があり、「草付臣又土王咸陽」という文字を形成していたと載記にはありますね。『太平御覧』巻三百七十一、人...
タグ:前秦

苻堅の異相1

五胡十六国の大物、苻堅。前秦の君主にして華北統一を成し遂げた英主。その隆盛と破滅は五胡十六国時代の一時代、あるいは前後の境目とみなせるでしょう。『晋書』巻一百十三、苻堅載記上苻堅字永固,一名文玉,雄之子也。祖洪,從石季龍徙鄴,家於永貴里。其母苟氏嘗游漳水,祈子於西門豹祠,其夜夢與神交,因而有孕,十二月而生堅焉。有神光自天燭其庭。背有赤文,隱起成字,曰「草付臣又土王咸陽」。臂垂過膝,目有紫光。洪奇而...
タグ:前秦

裴景仁の秦記

姚和都の『秦紀』(『後秦記』)について述べました。『隋書』巻三十三、経籍志二、覇史秦書八卷 何仲熙撰。記苻健事。秦記十一卷 宋殿中將軍裴景仁撰,梁雍州主簿席惠明注秦紀十卷 記姚萇事。魏左民尚書姚和都撰。それでは裴景仁の『秦記』はどうでしょうか。まず、ここでは裴景仁は宋の殿中将軍だったとあり、その『秦記』には梁の雍州主簿の席恵明の注があったとあります。ただ、旧唐書や新唐書には「杜恵明注」とありますね...
タグ:前秦

プロフィール

三文寒士

Author:三文寒士
魏晋南北ブログへようこそ!

反応は遅いですが、ご意見・ご要望などがあれば、気軽にブログやツイッターへどうぞ

最新記事

検索フォーム