王導と蔡謨

『晋書』巻七十七、蔡謨伝避亂渡江。時明帝為東中郎將,引為參軍。元帝拜丞相,復辟為掾,轉參軍,後為中書侍郎,歷義興太守、大將軍王敦從事中郎、司徒左長史,遷侍中。蘇峻構逆,吳國內史庾冰出奔會稽,乃以謨為吳國內史。謨既至,與張闓、顧眾、顧颺等共起義兵,迎冰還郡。峻平,復為侍中,遷五兵尚書,領琅邪王師。蔡謨は司馬睿の丞相参軍から中書侍郎となり、それから義興太守、大将軍王敦の従事中郎、司徒左長史、侍中を歴任...
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東晋の彭城曹氏

王導の妻の曹夫人について、世説新語の注が引く『王氏譜』によると「導娶彭城曹韶女,名淑。」とあり、曹夫人は「彭城の曹韶の娘の曹淑」だったことがわかります。曹韶は正史に登場せず、そもそも曹氏は東晋ではマイナーです。東晋で多少メジャーな曹氏といえば、以下の者達ぐらいでしょうか?王敦との戦いで功のあった軍人曹渾庾翼の下で活躍した西陽太守の曹據礼制の議論や著作のある学者の曹耽桓温に排除された武陵王の属官曹秀...
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曹茂之

「曹蜍李志」は小物の代名詞とまではいきませんが、不名誉な形で名を残した者達です。『世説新語』第九、品藻庾道季云:「廉頗、藺相如雖千載上死人,懍懍恆如有生氣。曹蜍、李志雖見在,厭厭如九泉下人。人皆如此,便可結繩而治,但恐狐狸貒貉噉盡。」由来はこの逸話。『郭氏』の時点で知られていた逸話のようです。庾龢が廉頗・藺相如と曹蜍・李志の名を挙げ、前者を既に死んでいるが生きているかのような輝きがあり、後者を今も...
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王導・曹淑・雷尚書2

雷尚書とは何者なのでしょうか。雷姓はやや珍しく、華南では豫章出身者が著名ですね。ただ、広陵の著姓の一つでもあったようです。前者なら南遷後に現地の者を娶ったという流れ、後者なら(よくある)同州人を娶ったということになるでしょう。雷氏の子は王恬と王洽。王恬は次男。314年生まれ。(王導39歳の時の子)王洽は四男?323年生まれ。(王導48歳の時の子)次男以降にしては高齢の時の子供ですが、同い年の司馬睿...
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王導・曹淑・雷尚書

長らく宰相の地位にあり、琅邪王氏の繁栄の祖となった王導。その妻の曹淑もまた皇帝から敬意を払われるほどの待遇を受けていました。王導と曹淑の二人の関係性を考えるなら、以下の情報が参考になるかもしれません。(1)王導が嫉妬深い曹淑を非常に憚っていたということ(2)ただ密かに妾とその子供達を養っており発覚時に一騒動になったこと(3)どちらも(二人の間の)息子との仲は良好だったこと(4)曹淑が死ぬ年(王導が...
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彭城の曹淑2

『晋書』巻六十五、王導伝是歲,妻曹氏卒,贈金章紫綬。初,曹氏性妬,導甚憚之,乃密營別館,以處眾妾。曹氏知,將往焉。導恐妾被辱,遽令命駕,猶恐遲之,以所執麈尾柄驅牛而進。司徒蔡謨聞之,戲導曰:「朝廷欲加公九錫。」導弗之覺,但謙退而已。謨曰:「不聞餘物,惟有短轅犢車,長柄麈尾。」導大怒,謂人曰:「吾往與羣賢共游洛中,何曾聞有蔡克兒也。」これが晋書が載せる「曹淑の嫉妬エピソード」。最後の王導のセリフは世...
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彭城の曹淑

過去に魏の曹淑について紹介しました。明帝・曹叡の愛娘ですね。本籍は譙(元は沛)。東晋には同名の人物がいます。『世説新語』第一、徳行王長豫為人謹順,事親盡色養之孝。丞相見長豫輒喜,見敬豫輒嗔。長豫與丞相語,恆以慎密為端。丞相還臺,及行,未嘗不送至車後。恆與曹夫人併當箱篋。長豫亡後,丞相還臺,登車後,哭至臺門。曹夫人作簏,封而不忍開。東晋の丞相王導の長男の王悦は思慮深く孝行な人物であり、父の王導が役所...
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王導vs蔡謨

徐州の名門「琅邪王氏」。東晋では王導を始祖・頂点として繁栄しました。南朝では名門筆頭ですね。兗州の著姓「陳留蔡氏」。東晋では蔡謨が最も高位に登り、南朝でも高官を何度も輩出。東晋の司徒は異姓臣の大物か宗室の筆頭格が任命されていました。「異姓臣の大物」は王導、蔡謨、謝安、王謐。この中で、蔡謨は王導より少し年下なだけであり、同時代の人物でした。『世説新語』第五、方正王丞相作女伎,施設床席。蔡公先在坐,不...
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撫軍参軍の王協2

「撫軍参軍の王協」の続き。王協の次兄の王恬は325年に12歳、333年に20歳、340年に27歳。王協はそれ以下の年齢のはず。さらに王協が四男ならば、323年生まれの王洽が兄となります。王洽は325年に3歳、333年に11歳、340年に18歳。王協が20歳満たずに撫軍行参軍となったとしても、11歳以下で就任するのは考え難く、「四男ならば王導の死後に司馬昱の参軍になった」パターンしかないでしょう。「...
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王導の四男、王洽

王洽は三男なのか四男なのか。『新唐書』巻七十二、宰相世系表二中、王氏導字茂弘,丞相始興文獻公。六子:悅、恬、劭、洽、協、薈。洽字敬和,散騎侍郎。二子:珣、珉。珣字元琳,尚書令、前將軍,謚曰獻穆。世系表の順序では四男ですが、官位が「散騎侍郎」としてかなりグレードダウンしており、それだけで信憑性を疑いたくなります。他の人物はそこまで酷くはないのですが。王劭は五男という情報が多く(五男以外は見つからず)...
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