天監の夏侯兄弟1

502年4月にが建国。元勲夏侯詳の長男夏侯亶(字は世龍)と三男?夏侯夔(字は叔龍)もに仕えることになります。

『梁書』巻二十八、夏侯亶伝
建康城平,以亶為尚書吏部郎,俄遷侍中,奉璽於高祖。天監元年,出為宣城太守。尋入為散騎常侍,領右驍騎將軍。

『梁書』巻二十八、夏侯亶伝、夏侯夔
中興初,遷司徒屬。天監元年,為太子洗馬,中舍人,中書郎。

侍中として蕭衍に「奉璽」した夏侯亶は、建国後は宣城太守に転任。

『梁書』巻二、武帝紀、天監元年
冬十一月己未,立小廟。甲子,立皇子統為皇太子。

同年11月に蕭統が皇太子に立てられ、夏侯夔(20歳)が太子洗馬に就任。

その後、夏侯亶は中央に戻って散騎常侍・領右驍騎将軍となり、夏侯夔は太子中舍人に昇格(六班→八班)。

『梁書』巻二、武帝紀、天監六年
十二月丙辰,尚書左僕射夏侯詳卒。

507年12月、尚書左僕射の夏侯詳が死去。

『梁書』巻二十八、夏侯亶伝
六年,出為平西始興王長史、南郡太守,父憂解職。居喪盡禮,廬于墓側,遺財悉推諸弟。八年,起為持節、督司州諸軍事、信武將軍、司州刺史,領安陸太守。服闋,襲封豐城縣公。

この時、長男の夏侯亶は平西将軍・荊州刺史の始興王蕭憺の平西長史・南郡太守となったばかりでしたが、父の死を受けて離職し、喪に服しました。
服喪期間中は墓の側に廬を建てて住むという徹底ぶりであり、また遺産を丸ごと弟達に譲りました。

『梁書』巻十、夏侯詳伝
夏侯詳字叔業,譙郡譙人也。年十六,遭父艱,居喪哀毀。三年廬于墓,嘗有雀三足,飛來集其廬戶,眾咸異焉。

ちなみに父も服喪の際に墓の廬に3年間住んでいましたね。(50年以上前、の時の話)

『梁書』巻二十八、夏侯亶伝、夏侯夔
(前略)中書郎。丁父憂,服闋,除大匠卿,(後略)

なお、遺産をもらった弟の夏侯夔は中書侍郎だったようです。時に25歳。

そして既に官位が十二班(+十一班)と九班に到達していた兄弟は、服喪が終わると兄が司州と都督・刺史となり、弟が大匠卿(十班)として復帰。
また兄の夏侯亶は豊城県公の爵位を継承。
いよいよ兄弟が一族を牽引し、の主力となる時代となります。

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1件のコメント

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いよいよ兄弟が活躍する時をがきましたね。楽しみにしています!
  • 2021-01-13
  • 投稿者 : kkk
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