安衆将軍・元就亭侯の尹神?

創作(妄想)用の小ネタシリーズ。上尊号碑編。

上尊号碑の「安衆将軍 元就亭侯 臣神」という人物って気になりませんか?
なんたって名前が「神」ですよ!!!

「神」の名を持つ者は、北魏李神李神軌李神儁(全員別の一族)が揃う紛らわしい状況がありましたが、全体としては余り見かけません。
三国志に近い時代でも思い当たりません。誰がご存知でしたらご連絡願います。


色々考えた結果(妄想とこじつけのはてに)、候補の一つが「尹礼」です。

この考え(妄想)の発端は、まず「神」に似た名前で「列侯になった可能性が高い者」を探した結果、尹礼にたどり着きました。
「神」と「礼」という漢字は部首が同じ。「示偏のある名前」。
泰山諸将の頭領の臧覇はさらに格上の立場で上尊号碑に載っており、尹礼がここに加わっても格や立場において不自然ではないでしょう。
「尹礼=尹盧説」を採ると尹礼が222年に将軍として健在だったことになり、都合が良いですね。

ただ、問題もいくつかあります。
最大のものは、「禮」(礼)と史書にある人物が、本当は「神」だったとするのは現実的なのかどうか。
審配の配下の馮禮(馮礼)が「馮札」だったり、禮と祇の二択の記述があったり、「神筆」が「伸筆」だったりした事例が見つかりましたが、特に良い根拠は思いつきませんでした。

尹禮の名前も帝紀で3回、臧覇伝で1回、裴注の魏略で1回見つかっており、尹礼という名前だった可能性はかなり高いでしょう。
「尹神」説に有利な情報は全くありません。(あまりにも公式記録としてふざけた名前だったので強引に書き換えられたと言い張ることもできるかもしれませんが・・・)

仮に理由をつけるとするなら、側に晩年の記録(名前の表記)が全く無く、「尹礼=尹盧説」を採っても呉側では「尹礼」という名前を使っていないため、実は晩年までに尹礼から尹神に改名したものの敵国(や後世)では「神」を使った名前で呼ぶつもりはなかったので、こうなった。とか?

以上、「状況的に不可能でない」こと一点突破なネタでした。

タグ: 創作

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