安衆将軍・元就亭侯の劉神?

創作(妄想)用の小ネタシリーズ。上尊号碑編。

「安衆将軍・元就亭侯の尹神?」で上尊号碑の「安衆将軍 元就亭侯 臣神」の該当者を一人挙げました。今までの上尊号碑編に比べると歯切れ悪い感じでしたが。
その際に「候補の一つ」と書いたのは、実は他にも候補がいるからです。

次の有力候補(与太話のお相手)は、劉雄鳴です。

藍田の劉雄鳴は関中の小群雄でしたが、「雲霧を起こす力がある」と人々に噂された変わった人物です。

思いて学ばざれば
『劉雄鳴』


てぃーえすのメモ帳
『関中諸将』

経歴はこちらをご覧ください。

『三国志』巻八、張魯伝、注引『魏略』
劉雄鳴者,藍田人也。少以采藥射獵為事,常居覆車山下,每晨夜,出行雲霧中,以識道不迷,而時人因謂之能為雲霧。郭、李之亂,人多就之。建安中,附屬州郡,州郡表薦為小將。馬超等反,不肯從,超破之。後詣太祖,太祖執其手謂之曰:「孤方入關,夢得一神人,即卿邪!」乃厚禮之,表拜為將軍,遣令迎其部黨。部黨不欲降,遂劫以反,諸亡命皆往依之,有眾數千人,據武關道口。太祖遣夏侯淵討破之,雄鳴南奔漢中。漢中破,窮無所之,乃復歸降。太祖捉其鬚曰:「老賊,真得汝矣!」復其官,徙勃海。

劉雄鳴曹操に一旦は帰順して将軍に取り立てられますが、数千の仲間に担がれる形で離反し、撃破されると張魯のもとへ逃走。張魯が平定されると再び降伏し、元の官に再任されました。

劉神説」の鍵は3点。

その1。
劉雄鳴は「将軍」となっており、また曹操に帰順した者で小勢力の長だったという特別なステータスがありました。
将軍として上尊号碑に名を連ねていてもおかしくない経歴でしょう。
「安衆」という将軍号もいかにも帰順者です。

その2。
劉雄鳴は「雄鳴」と書かれていることから、姓が「劉」で名前/字/称号/通称などが「雄鳴」だったはずです。
当時は二文字の名前は珍しく、本名は魏略に載ってなく不明とするのが自然な解釈。
つまり実の名前は「神」であり、何らかの理由で書かれなかったとする筋書きは十分通用するでしょう。流石に「神」と書くのはどうかと思われたのでしょうか。

その3。
曹操劉雄鳴の1度目の帰順の際に、「夢の中で神人を得たが、あれは卿(あなた)のことだったのか!」と述べています。
ここで「神人」=「劉雄鳴」と考えたのは、劉雄鳴の本名が劉神だったからなのでは?


爵位に関する情報が無く、勃海に飛ばされたという記述を思えば果たして禅譲に関与できる立場になれたのかという疑問点もありますが、まあまあ良い案ではないでしょうか。

夏侯淵伝に「南山賊劉雄」が同一人物っぽく、劉雄(字や通称が「雄鳴」)だった可能性もありますが。

タグ: 後漢 創作

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